節分の柊鰯の意味。その飾り方や作り方と厄除けの方法あれこれ。

柊鰯玄関の戸口になにか植物に刺さった魚の頭を差してあるところ、見たことありませんか?

よく知らないと「気持ち悪っ!」ってなると思いますが、あれには魔除けの意味合いがあります。

有名なのは節分時期に飾る「柊鰯」です。

今回は柊鰯の意味合いや飾り方について、学んでいきたいと思います(ちょっと怖い話もあるよ(( ;゚Д゚)))。

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節分の柊鰯の意味とは

柊鰯とはその名の通り、柊(ひいらぎ)の枝に鰯(いわし)の頭を刺したものです。

柊鰯(ひいらぎいわし)や焼嗅(やいかがし)と呼びますが、地域によってはやっかがし、やいくさし、やぎさしなどと呼ばれることもあります。

鬼は焼いた鰯の臭い匂いと煙を嫌い、万が一家に近づいてきた場合でも柊の葉のトゲが目を刺して撃退するとされ、魔除けのお守りとして玄関先(外側)に飾られます。

 

では、柊鰯のつくり方です。

柊鰯

【材料】

  • 焼いた鰯のお頭
  • 葉つきの柊の枝 20cm程度(スーパーやホームセンターで売ってます)

【作り方】

  • 鰯をこんがり焼いて、頭を切り離し、柊の枝に刺します。
  • 刺す時はエラから目に向かって刺すと、上手く刺さります。地域によって、両目刺しするところや、エラから口に向けて刺す場合もあります
  • 鰯の身は食べてしまいましょう。

【補足】

  • 折り紙でつくることもできます。[su_youtube url="https://www.youtube.com/watch?v=JLeue2D-bbA"]

 

柊鰯は主に西日本での習慣で、節分の日には焼いた鰯も食べます。豆を歳の数(+1)だけ食べるのと同様、身体の内側から邪気を追い払う意味合いがあります。

 

柊鰯の起源は平安時代に記された土佐日記の記述まで遡ります。当時は注連縄に柊の枝とボラの頭を刺すと書かれていますが、類似の習慣が複数あったと考えられています。江戸時代に一般に普及した折も、魚の種類に幅があったようです。

 

鰯は陸揚げすると直ぐに死んでしまうことから、「弱し(よわし)」「卑し(いやし)」と言い、身分の低い者の食べ物でした。そんな鰯を食べることで弱くて卑しい陰の気を消すといった意味合いもあります。ただ、源氏物語で有名な紫式部が好んだとも言われており、貴族のなかでもこっそり食べていた人もいるようです。

 

他にも柊は木へんに冬と書く冬の代表植物、鰯も水気があるので冬を象徴するものとし、鰯を焼いて痛めて柊に刺すことで、冬を追い払い春を招く、という説もあります。鰯の旬は夏〜秋頃なので、なんとも言えないところではありますが(笑)

 

地域によっては強い匂いを発するものとして、らっきょうやにんにくを飾ったり、柊鰯と合わせて豆柄(豆を取ったあとの大豆の枝・茎・葉)やトベラ(枝葉に悪臭のある植物)、家内安全の御札などを添えるケースもあります。

 

「鰯の頭も信心から」という言葉があるように、信仰心があれば、本当に厄除けの力を発揮してくれるかもしれません。

節分の柊鰯の飾り方

では、柊鰯はどのように飾ればよいのでしょうか。順に確認していきましょう。

柊鰯を飾る場所

柊鰯は「門守(かどもり)」の一種です。読んで字のごとく、門を守るものです。ですので、一番良いのは玄関の外側に飾ることです。

しかし、そういう風習のない地域だと、周りの目が気になるかもしれません。個人的な意見になってしまいますが、玄関先が難しい場合でも家のなかに飾るのはNGだと思うので、裏口やベランダ、または鬼門・裏鬼門方向にあたる外に飾るのが良いのではないでしょうか。

柊鰯の飾り方

魔除けのお守りですので、御札を扱うように粗相のないように丁寧に扱います

  • 玄関の上のほうにテープで固定する
  • 玄関の上のほうにひもで吊るす、括りつける
  • 玄関先に木製の筒のようなものを固定し、花瓶に活けるように差す
  • 玄関先に立てかけておく
  • 半紙などの白い紙で枝部分を包んでから固定する

柊鰯を飾る時期

節分の日〜立春(2月3日頃〜4日頃)の2日間飾ることをおすすめします。

それ以外にも様々なケースがあるようですので、地域柄と好みで決めればよいでしょう。

  • 小正月の翌日(1月16日)〜節分の日まで
  • 節分の日のみ
  • 節分の日〜2月末(2月28日頃)まで
  • 節分の日〜雛祭り(3月3日)まで
  • 節分の日から1年間
  • 猫が持っていくまで(笑)

柊鰯を片づける方法

魔除けや厄除けで使用したものですので、そのままゴミ回収に出すのは避けたほうがよいです。お盆の飾りとかと同じですね。

おすすめは、白い半紙に柊鰯を置き、塩(普通の粗塩でいいです)で清めた後にまとめて包んで捨てる方法です。

ゴミとして捨てるのが気になるなら、包んだ後燃やしてしまってもいいです。灰になるまで燃やして玄関前に盛り塩のように盛る地域や、あるいは土中に埋める地域もあります。

神社でお焚き上げしてもらう程ではないと思いますし、神社側もなま物なので扱いに困ると敬遠しがちなようですが、長期間飾るのであれば門松や注連縄などと合わせて地元の「どんと祭」「とんど焼」(成人の日付近にやることが多い)に持っていくのは良いかもしれません。

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節分での厄除けの方法について

最後に厄除けとしての節分について考えてみたいと思います。

節分での厄除けといったら、まずは豆まきです。

もし良ければ以下をご参照ください↓↓

豆まきの作法について

 

豆まきは「厄祓い」に当たります。「厄祓い」とは災いをもたらす穢れを祓うため、身を清めることです。余談ですが、「厄除け」はまだ現れていない厄を除けること、「厄落とし」は自分が損をして他人が得をする状況を自らつくることで厄を意図的に減らすことです。

以前にみて頂いた易学の先生が「この世は等価交換だ」と仰ってました。大事なものを失う前に、誰かにプレゼントするなど「厄落とし」しておくことでバランスが取れるのだそうです。確かに、お金で済むなら安いことっていっぱいありますしね。

 

豆まきによる「厄祓い」も更に本格的にやるならば、鬼門や裏鬼門を意識する方法もあるようです。簡単に言えば、鬼門にあたる方位に最初に豆をまき、その後裏鬼門の方位に向かって歩きながら豆をまいていきます。そうして鬼の通り道を塞ぐ方法です。また、厄年の人に豆をぶつけて厄を祓う方法もあります。

私は専門家ではないので、これ見よがしに「効果がありますよ!」と紹介することはできません。なので、具体的な方法が気になる方はあれこれ調べてみていただければと思います。ここではあくまでご紹介まで。。

ちなみに豆には「五穀」の霊力が宿ります。お墓で開眼供養してもらう際に、米や清酒、火打ち石、梅の枝等とともに用いられるのもそのためです。

 

さて、鬼門についてですが、ざっくり言えば「北東」の方角のことです。対して裏鬼門は鬼門と反対の方角(=南西)を指します。ただ、家の構造や立地によって多少幅があるようです。陰陽道において、北東と南西の方角は陰陽の狭間で不安定になる方角とされ、鬼の出入りする方角として忌み嫌われます。鬼門の考えたそのものは古代中国から始まり、それが徐々に日本に広まったようです。

これらの方角に玄関や台所、水回りを置くことは避けるべきというのは通説ですが、昔の人の生活の知恵による側面もあったようです。北東方向に水回りを置くと冬場は冷えや湿気に悩まされますし、南西方向に台所を置くと食べ物の傷みが早かったでしょう。なぜそうなるのか、理由のわからない時代では、漠然と悪いものが滞るのだと考えても不思議ではありません。

鬼門を防ぐために、昔から都や幕府の鬼門方向には大きな寺院が建てられたりしましたし、現在でも大企業が支社を建設する際などには鬼門や土地柄を意識されるケースがあるようです。

 

私個人の話なのですが、家でガタガタ物音がする時期がありました。父が亡くなって間もない頃だったので、なにか関係があるのかな?と思っていました。普段は天井からプチプチと音がする程度だったのですが、ひどい時は階段をドタドタと降りる音がしたり、ガラス戸が風もないのに揺れたりするので、ある日知り合いの方に相談しました。

話をするなかで、仏壇の向きが置き場所の都合で西向きになっていると告げると、「それが原因だ!」と仰り、「南向きか東向きに変えなさい」と言われました。お経を上げてもらっているお寺さんでは、西向きでもそこまで気にしなくていいと言われていたので、まさかと思いましたが、言われた通り南向きになるよう場所を移してみると、ガタガタいうのが収まりました。

 

その方に厄除けの方法を尋ねると、「6月と12月に家の建つ土地の四隅に鬼門方向から時計周りに塩と酒をまくこと」や、「鬼門方向に節分の日に柊の木を植えること」を教わりました。

節分まで間があったので、秋頃にホームセンターで700〜800円で買ってきたオニヒイラギの木を植えたのですが、どうも土をいじるのに良い日や良くない日というのがあるようです。元々、鬼門方向には「難を転じる」とされる南天の木が植わっていましたが、鬼門方向は柊、裏鬼門の方向に南天が良いそうです。南天は2本植わっていたので、1本削り、いまは南天と柊が仲良く並んでいます。

 

私は目に見えないものに対し、どちらかといえば肯定的な立場です。全肯定するわけではありませんが、霊的なものは信じています。科学的に証明されていないから、と存在を否定するのは人間の傲慢です。人間は神様ではないので、わからないことがあって当然です。

ただ、そればかりに振り回されるのも良くないと思っています。厄除けをしなかったから、神社にお参りしなかったから、作法に誤りがあったから、「良くないことが起こった」などと悲観しないことです。わからないことにばかり目を向けていても何も始まりません。目に見えないものを敬いつつも、目に見える領域でできることをしていきましょう。原因はその双方に潜んでいるものです。心の弱さに負けないようにしたいところです。

 

ということで、まとまりがないですが、厄除けを考える際には鬼門を意識してみてはいかがでしょうか、という話でした。

節分は日本の年中行事

日本の年中行事には、国の安寧を願う先人達の知恵が詰め込まれています。よくわからないからといって、決して馬鹿にできるものではありません。時にパワースポット巡りをする以上の効果を発揮してくれるかもしれませんよ。

 

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